2025-08
当社では顧客向けサービスの一環として、国・地方のDX動向から、ビジネスパートナーのソリューション、最新のITトレンド、さらには現地視察を交えたDX先進国の事例をご紹介する「RKKCSニュースレター」を定期配信しています。
前月「須藤修 教授インタビュー〜行政DXとAIを語る〜前編」をご紹介しましたが、今回は、2025年8月号「須藤修 教授インタビュー〜行政DXとAIを語る〜後編」をスペシャルレポートとして特別掲載いたします。
本コンテンツは、当社 代表取締役社長の金子篤が中央大学の須藤修教授へ、日本の公共情報政策やデジタル戦略、AIの未来について伺ったインタビュー記事です。
インタビューでは、世界のデジタル政府の動向や最先端のAI技術について深く掘り下げています。長年のの経験に基づく日本のデジタル化の課題と、労働力不足が深刻化する日本社会においてAIがいかに貢献できるか、その可能性について語っていただきました。(ニュースレターのバックナンバーの購読をご希望の方は、こちらのページよりご購入いただけます。)
中央大学国際情報学部教授
中央大学ELSIセンター元所長
東京大学名誉教授 須藤 修氏
株式会社RKKCS 代表取締役社長
金子 篤
AI開発競争からAGI・ロボットへ
金子:
須藤教授がAIの研究を本格的に始められたのはいつ頃だったのでしょうか。
須藤氏:
本格的に始めたのは2017年くらいからですね。特定目的型のニューラルネットワークの人工知能です。
私が研究でマシンラーニング(Machine Learning:機械学習)をやって最初に成功したのが2014年で、それを使って九州大学付属病院で予防医療の実験などをやっていました。九州大学の有川総長は日本のデータベースの大家でして、その有川総長に糖尿病患者の予防医療をやりたいとお願いしたところ協力するとおっしゃっていただき、研究がスタートしてそこで一つ大きな評価を頂きました。
センサーを患者につけて、ZigBeeやBluetoothでデータをサーバーに飛ばして溜め、フーリエ変換とデシジョンツリーという二つのアルゴリズムを使って行動分析をしました。
金子:
今のウェアラブル端末のようなものですね。
須藤氏:
その通りです。当時その研究で私と九州大学の研究チームは世界でトップの読み取り成功率を達成したのですが、その時のライバルがマサチューセッツ工科大学やアップル社でした。アップルはその後も莫大な研究費をつぎ込み、この研究の成果を「Apple Watch」として製品化しました。この研究の後、中国に招かれたり、ビル・ゲイツと一緒にインドの首相と食事をしたり、刺激的な経験をたくさんさせていただきました。また、2016年くらいから政府のAI関連会議の座長などをすることになりました。
金子:
ディープラーニングなどが話題になり始めた時期ですね。
須藤氏:
そうです。ニューラルネットワークを用いたコンピューティングそのものは1980年代くらいにはマサチューセッツ工科大学などで研究が始まっていました。しかしインターネットみたいにデータなどをたくさん集めるような基盤がなく、仲間内のデータを取り込むだけだったので、今ほどのものは作れませんでした。21世紀に入ってからインターネットによって巨大IT企業がデータを世界中から集められるようになり、人工知能が学習するデータ量が飛躍的に多くなったことで賢くなりましたね。ビッグデータブームは日本だとセンサーやオープンデータの文脈で語られていましたけど、アメリカでは真の目的はAIの学習でしたね。
金子:
当社の戦略室室長の内藤にAIのレポートを作ってもらったのですが、それによるとAIというのはデータが少ないうちは、嘘ばかり答える。しかしある点を超えると急に賢くなる。しかしなぜそうなるかは分かっていないと言われているようですね。
須藤氏:
学習計算量が10の23乗あたりから急に性能が上がるというスケーリング則のことですね。ハルシネーションがなくなるわけではないけれど、正しいことを言う精度が上がるということです。今でもハルシネーションをなくす努力をしていますが、30-40%は出ることはアメリカの研究で分かっています。中国のディープシークが優れているのは、このハルシネーションを十数パーセントまで減らしたからです。それでも十数パーセントは出ますので、それをどう制御するかを今研究しているのでしょう。
金子:
日本はどうなんでしょうか。
須藤氏:
残念ながら、日本は世界中のデータを収集するようなお金もありませんし、研究基盤もできていませんので、海外に負けてしまうのは、当然といえば当然です。それにAI研究には膨大な軍事費が使われている。日本は、基本的には軍事研究の予算を学術界が使うことはできませんので、そこはアメリカや中国と資金力の面ですごい差になっています。
金子:
この競争はまだまだ続くのでしょうか。LLMの拡大はどこまで進むのでしょう。
須藤氏:
まだ続いていますね。OpenAIがGPT-5をいま準備していると言われていますが、GPT-4のパラメータ数が1兆でしたが、5ではパラメータ数が5兆から10兆だと言われています。5兆ものパラメータを動かそうと思ったら、ものすごいコンピューターが必要となります。そんなものはアメリカしか作れません。それ以外だと中国くらいでしょう。
では日本はどうかと言うと、まったくそのレベルにはありません。1750億パラメータの、ChatGPTで言うところの3.5レベルのものを作ろうとしていますが、それも決して簡単なことではないでしょう。
金子:
LLMはやはり自国で持つべきなのでしょうか。
須藤氏:
自国で持つべきだと思います。今後は軍事研究や基礎研究、医学もすべてAIと連動しますから、LLMがないと研究ができなくなります。それでも、お金がある国はAIを使うことができますが、ない国はLLMを持つ国の言いなりにならざるを得なくなります。中国はそれをよくわかっていますから、アフリカや東南アジアで安くAIを使ってもらうよう働きかけ、囲い込み、アメリカと戦う準備をしていると考えられます。
金子:
LLMはまだまだ進化の途上のようですね。今のAIが推論モデルからエージェントモデルに移行してきました。このままAGI(汎用人工知能)が誕生するのでしょうか。
須藤氏:
推論モデルからエージェントモデルにはいけますが、AGI(汎用人工知能)には直接はいけません。ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンによると、人間の頭にはシステム1と言われている「直感力(速い思考)」と、システム2と言われる「論理的推論能力(遅い思考)」の両方が備わっているとされています。今のAIはシステム2の論理的推論能力は高くなって、大学院博士課程程度にはなってきています。一方、AGIには直感力が必要なのですが、残念ながら直感力は論理的推論能力を高めても自然に出てくるものじゃないです。これに関しては、今唯一いいところまで行っているのがOpenAI社で、ChatGPT-4.5というのは直感力が高いと言われています。つまり「ひらめき」を持っているんですね。
金子:
一方で、直感力の必要のない仕事もたくさんあります。特に日本は今後間違いなく労働者不足になりますから、AGIまで行かなくてもやれる仕事はたくさんあるのではないでしょうか。
須藤氏:
そこはAIエージェントとロボットの登場で大きく変わるでしょうね。次のAIはマルチモーダルに加えて、外界を理解し物理的に世界と接点を持つAIロボットとして、労働力として置き換わっていくはずです。
AIの抱える問題・2040問題
金子:
AIの抱える問題点や日本の課題についてもお伺いしたいのですが、最初にAIはビジネスとしてなかなかマネタイズできていないということが挙げられるかと思います。
須藤氏:
そうですね。それは投資額が大きすぎるからです。LLMを動かすためのコンピューターは膨大な電力消費になります。半導体(GPU)の購入資金も莫大な金額になります。ただし、RAG(Retrieval Augmented Generation)のような、小さなデータ数で特化したスモールランゲージモデル、SLM(Small Language Model)を作ることは意外とすぐにできて、それは売り方によってはいくらでも売れると思います。実はRAGを入れている地方自治体が今は結構増えていまして、月額数万円程度の使用料になっています。たしか、御社でも持っていましたよね。
金子:
当社もRAGについては4月1日に生成AI型マニュアルシステムをリリースしました。当社の総合行政システムのマニュアルはもちろん、関連する法律もすべて読み込ませて、自然言語で質問し、回答を得られるサービスです。
初年度からマネタイズして、ユーザーにも有料で提供するべきなのですが、1年間は無償で提供することにしました。理由は二つあって、一つは自治体内のデジタル人材の育成に貢献するため、そしてもう一つは標準化適用で当社としても繁忙期が続く中、問い合わせ数を減らすためです。当サービスであれば、インターネットから切り離した環境で利用することができるため、自治体職員にAIに慣れていただき、安心して使えることを実感していただくには良いチャンスだと考えています。また、今は標準準拠システムへの切り替えの真っ最中です。当社のシステムに関する問い合わせも多くいただくことが想定されますので、当サービスを利用いただくことで当社にとっても大きなメリットとなるわけです。
AIに関連して、中国のお話をお聞かせください。AIをオープン化する戦略に出てきましたよね。戦略室の内藤がレポートしていたのですが、彼が自宅のPCでも動くと言ってたんですよね。それも結構性能が良いとか。中国はAIの覇権争いに参加しようとしているんでしょうか。アメリカのAI戦略にも影響があるんじゃないでしょうか。
須藤氏:
中国のAIには注意が必要です。利用規約を読めばわかるのですが、AIに入力した情報は全部抜かれます。もちろんローカルの環境でクラウドを使わなければ、情報は漏れません。それはアメリカのAIでも同じですね。中国がAIの覇権を握るかと言えば、技術的には中国のAIはそう簡単にアメリカには追いつけないと思います。ただ、AIを使って中国の友好国を囲い込むことにアメリカは危機感を持っていると思います。
金子:
ローカルで動かしても、中国のAIは中国の思想が入っていますよね。
須藤氏:
多分そうですね。中国の留学生と話していても驚くことがあります。AIは教える情報を制限して、特定の倫理とか、道徳とか、哲学とかを教えれば、思想の傾向を生成することはできます。それにガードレールという制限を加えれば都合の悪いことは答えなくなります。
金子:
日本の自治体についてですが、いま自治体は基幹業務の標準化を行っていますが、移行が困難なシステムを含めても2030年には完了します。今まではデータフォーマットも文字コードさえもバラバラだったものが統一化され、日本全体でみると、マシンリーダブルな巨大なデータベース化が完了するわけですね。そしてこの間もAIの進化は同時に進行していく。間違いなく業務とAIはどこかで交わると思っていますので、私たちもRAGに取り組んだわけですが、自治体のような特定業務でのAIの利用は今後どうなっていくのでしょうか。
須藤氏:
間違いなく進んでいくと思います。例えば、静岡県掛川市は市議会会議録を独自データとした一般質問に関する回答案にAIを使うことを検討しています。これもRAGを使います。日本の製造業もRAGのようなSLMの取り組みに熱心です。企業が蓄えてきたノウハウや機密データを、AI企業に業務委託するのではなく、自分たちでSLMを作ります。企業内データをSLMに学習させて、今度はロボットなどがそのSLMを使って人間の仕事を代替するのです。人間の入っていけない狭い場所や危険な場所にAIを持ったロボットが行くこともできるようになります。
金子:
日本の深刻な人手不足についてもお話ししたいと思います。地方は特になのですが、2040問題(2040年に高齢者人口がピークになり、地域生活や行政サービスが維持困難になる問題)が本当に自治体に重くのしかかってきます。地方では若い人が少ない上に、自治体の職員のなり手も少なくなってきています。もうAIの活用は待ったなしだと思っていて、自治体全体のプロセスを学習させて、AIによって職員の手助けをできるようにしたいと思っています。AIのアシストを導入して職員一人で三人分の仕事ができるようにします。
須藤氏:
その発想は素晴らしいですね。すごく大事だと思います。2040問題は必ずやってきます。問題は財政で、カネがないと何もできなくなる。今のままの自治体のかたちは保てなくなるのではないでしょうか。解決法の一つはさらなる市町村合併かもしれません。もともと日本の藩は300程度だったんです。一時的に人口が増えましたが、日本の行政区としてはそれぐらいが適当なのかもしれません。しかし、単なる合併はそれはそれで問題があります。中心市の意見しか反映されず、過疎地域の意見が反映されなくなりますね。平成の大合併のようなやり方ではなく、たとえば地域で事務連携を積極的に行って少ない職員でも地域を持続させるとか、AIやロボットでインフラの整備をするとか、合併しなくても地域間で大胆に業務や人の配置を換える必要もあるかもしれません。
AIと哲学・政治
金子:
AIの進化が続くと、創薬や医学の分野がわかりやすいのですが、倫理や哲学を考慮しないといけないことが出てきますよね。
須藤氏:
私の大学でも学生に読めと言っているハンナ・アーレントという哲学者がいるのですが、著作「人間の条件」の中で人間には「労働」「仕事」「活動」という行為があると言っています。アーレントの考察に沿って言えば、労働は生きるためには必要不可欠の行為ですが、未来を積極的には構想できないような行為なんですよ。人間は労働しかしていなかったら貧しいまま、人間は労働は極力少なくして仕事と活動をするべきなんです。古代ギリシアの時代は労働は奴隷によってまかなわれていて、知識人は活動をしていた。それが今はAIやロボットが労働できる可能性が出てきたんですね。
金子:
AIが進化すると、奴隷だと思っていたエージェントが実は人間の代わりに仕事や活動をする懸念はないんでしょうか?
須藤氏:
私もずっとそれは考えていて、なかなか難しい問題です。労働はもうロボットで完全にできるようになってきた。最近はアートなど活動のところまでAIがサポートあるいは協力者として入ってきている気がします。質の高い仕事はAIがかなり代替できるようになっているかもしれない。なにしろエラーが少ないですから。しかしコストのことを考えたら、労働を安い賃金で人間にやらせた方が良いっていう判断になるかもしれません。
金子:
AIが「俺等がアイデアを出すから人間は働け」ってなるかもしれないのですね。
須藤氏:
現代の状況はもうマルクス主義、つまり、労働が人間の本質的活動、っていうのがもう合わないんです。一方アーレントは労働は必要悪で、人間は労働から解放されるべきだと主張しています。200年前のマルクスの考え方は終わって、100年前のアーレントの考え方が現代になって実現してきているわけです。マルクス主義は労働者が差別的な扱いを受けていた時代だから影響力がありましたが、今は社会福祉、社会保障が充実しているので存在意義を失いました。戦後の日本の民主主義はまだマルクス主義の伝統が続きましたが、徐々にそれが消えつつある。社会主義国のほうが福祉や社会保障が弱いですよね。
金子:
AIでフェイクニュースを作ったり、AIで社会を扇動したりするとか、危険なツールになる可能性はないのでしょうか?
須藤氏:
AIで世論を形成できてしまうのはその通りなのですが、AIは合意形成にも役立ちます。合意形成というとハーバーマスの理論なのですが、対話や理性を持って議論をすることは民主主義の根幹とも言えます。AIを使って合意形成サポートの実験をDeepMind社は行いました。1970年代にハーバーマスの「晩期民主主義における正当性の問題」という著書があってどんな民主主義がよりよいのかを議論していて、DeepMind社の連中がこれを読んでいるんですね。驚きました。AIはそういった可能性も秘めているんですね。ハーバーマスの理論は人間は実践できませんでしたが、AIならやれてしまうかもしれない。
金子:
そこまでくると民主主義が本当に理想の政治形態なのか疑わないといけないですね。
須藤氏:
でも、チャーチルも言っていましたが、民主主義はろくなもんじゃない、でも他にましな政治形態はないってね。もしかしたら人工知能がきっかけになりよりよい政治形態を人類が構想するようになり、新たな文明の萌芽が見えるかもしれません。でも生きているうちには無理かな(笑)。
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